幸せな夢の続きを、あなたと

さぁ次はどこを一緒に旅しよう。その先でまた幸せを。

推しくん(恋人)との日々

■なぜ恋人のことを「推しくん」と呼ぶのか

なぜ恋人のことを「推しくん」と呼ぶのか。
それは、自分がアイドルやアーティストを応援する時と同じように好きだなと思うし、愛したいと思うからです。推しに抱く感情も人それぞれかとは思いますが、推しに対して愛しいとか応援したいとか幸せになって欲しいって思うのと同じように私は推しくんのことが好きで。

まだお付き合いさせていただく前にも、友人として何度か遊びに行ったことがあったんですが、推しくんと2人でいるとなんだか特別な気持ちになることがあって、この気持ちなんだろう、恋とはまた別な気がする、でもこの気持ち知ってる気がする・・・と考えたときに「そうだ!これはきっと”推したい”だ!」とピンときて。それからずっと推しくんは私の推しです。

 

■推しくんが恋人になるまで
推しくんへの想いは恋なのか、今でもたまに迷うことがあります。
でもきっと恋なんだろうなと今は思います。

推しくんとは元々付き合えなくてもいいと思っていました。
もちろん何かあった時頼ってもらえたり、相談を乗れる距離にいたいなとは思うけど、一番は日々を幸せに過ごしてほしいという思いだし、正直私と付き合うことが必ずしも幸せとは限らないので、付き合うことをまっすぐ目指していたわけではありませんでした。


しかし推しくんが、震える手で私の手を取り「彼女になってもらえませんか」と言った時、彼女になることが推しくんにとっての幸せにつながるのなら、それがいいなと思ったし、推しくんといれば楽しくて、私が幸せだろうなということは容易に想像できました。

それに、他の人と付き合える可能性が全部消えても、推しくんと付き合えるなら別にいいなと思いました。

 

私は恋愛感情こそが至上の愛ではないと思うし、色々な「好き」があっていいし、色々な形の「好き」が尊重されてほしいと思うため、自分のこの「好き」が恋愛なのか?ということにも、よく悩んでしまいます。さらにそれが恋人になるとなると、多くの場合一度に一枠しかないその枠を、自分のなかにある多様な形をした複数の「好き」のなかで、どの好きを感じた時に使おうとすればいいのか分からなくなってしまうのです。

 

そんな私が「他の人と付き合える可能性が全部消えても、推しくんと付き合えるならいい」と感じた時、これが私の恋愛感情なのではないかと思いました。

 

あまり詳しくはないのですが、オープンリレーションシップ、ポリアモリーなどの考え方もありますし、恋愛感情だけが交際をはじめるきっかけでなくてもいいのではないかと思います。


しかし私のなかで、たとえお付き合いをはじめることで多少交友関係が狭まったり、他の人と付き合える可能性がなくなるなどの制約が生まれるとしても、この人と一緒に過ごし、傍にいることができるのなら、その制約を苦とせず受け入れられると感じた時、「これが恋愛感情かも」と感じ、お付き合いを決意する一つのきっかけになりました。

 


なんだかややこしいことを書いてしまいましたが、単純に考えても、推しが恋人とかめちゃくちゃ良くないですか??

 

■推しが恋人、天才だし最高すぎる

推しくんと恋人になってもう一年以上経つのですが、あまりにもかわいいすぎてまだ騒いでます。

 

ある日、こんなに推してて好きなのに、推しくんのグッズがないことに疑問を感じ、とりあえず推しくんの写真をチェキ風に加工してみたり、それをパスケースに入れて持ち歩き始めたところ、「恥ずかしいんやけど・・・」と照れる推しくんを見て「照れててる姿もかわいー!」とさらに新しい自作グッズを作ったりするなどしています。
言葉で伝えてもなおあり余る好きを発散するため、お得意のうちわも作成済みです。

 

お付き合いをはじめるまで、推しくんは紳士的で優しい雰囲気はありつつ少しクールな印象があったのですが、意外と感激屋でよく泣くし、意外と照れ屋で奥手だし、意外とわんちゃんみたいに甘えたなこともあって、「ここここんなの聞いてないんですが!?!?」とギャップにときめく毎日。

恋人になると毎日近くで好き好き騒げるし、やばいオタクでも恋人なので合法みたいなとこある。(すべては笑って受け止めてくれる推しくんの優しさで成り立っています。)


アイドルの比ではない供給量に、目を離す隙もありません。

お風呂上がりの推しくんとビデオ通話した時は「これが無料!?!?」となったし、その後寝落ちした推しくんの顔と寝息に「待ってこれも無料!?!?」となりました。(めちゃスクショした)

時々デート中に「今すれ違った人イケメンやったくない?」と推しくんから話を振られますが、正直推しくんを見ることに精一杯なので、いつも「そうなんや~」と言うことしかできません。


残念ながら私の目にカメラ機能は付いていないので、スペシャルキュートな推しくんのお姿を記録におさめるべくスマホ片手に「推しくん、ちょっと今の顔もっかいしてもらってもいいですか!?!?」とよく連呼しています。だけど大体恥ずかしがって二度としてもらえないので、やはり記憶に焼き付けるしかないのでしょうか。


■推しくんは推しでいて恋人

あくまで私の場合ですが、推しくんとお付き合いをはじめ思ったのは、アイドルなどは自分のペースで好きな時に好きに愛せますが、恋人はそうもいかないということです。

楽しいときばかり一緒にいれるわけではないし、忙しくても一旦オタ活をお休みするみたいなことはできないので、常に両立し、どんなときも愛を伝え続けようとする気持ちが要ります。

 

例えとして適切か分かりませんが、私は、頑張りたい時には好きなアイドルの応援歌を聴きますが、もうしんどくて心が折れそうな時は、あまりにも歌詞が力強すぎると「頑張れない自分はダメなんだ」と思ってしまうタイプなので、あまり聴かないようにしています。
だけど恋人というのは、お互いを気遣った上でも、時に聴きたくない時に応援歌を聴かないといけないようなこともあるように思います。

そして良いところばかりじゃなくて、お互い良くないところやダメな部分も見せることになります。

 

また、はちゃめちゃに愛していてもやはり他人同士。
まだ大きな喧嘩はありませんが、考え方や価値観の違いで軽い口論になることもあるし、自分何やってんだという感じなのですが、疲れていたりして心に余裕がないとそっけなくしてしまうこともあります。

 

推しが恋人になると毎日ハッピー!なのは間違いないのですが、恋人として一緒にいるためには、少しばかりほろ苦を覚悟しないといけないのかもしれません。

 

■推しくんとのこれから

推しくんと恋人になって数年が経過したらゆくゆくは・・・と考えるは気が早すぎでしょうか。まだオタクの妄想レベルで現実的ではないのですが、少しずつちゃんと真剣に考えていきたいなとはぼんやり。(ひとまず同棲に漕ぎ着けるところからですかね?)

 

もしいつか「推しくん(恋人)」から一段階レベルアップする時が来たら、フォロワー全員披露宴に招待する勢いで浮かれ散らかし、結婚生活の様子をいきいきと垂れ流していきたいと思います。

 


でも逆に、こんなに好きでも、もうどうしようもなくなってダメになる時はダメになるかもしれません。


この幸せが永遠に続くように思えても、それは永遠を感じられるほど幸せな一瞬一瞬が連続してあるだけで、それがいつ途切れるかは誰にも分からないということは、10年以上ジャニオタをしていて、もう何となく感じています。

お別れはどんなものにもありますが、いつどんな風にお別れするかは、本当にその時が来てはじめて知るものなのかもしれません。
でもダメになるかもしれないから傷つかないようにと程々に愛するのではなく、いつか終わりが来ても、全力で愛したという事実と思い出だけは残るように、「推しは推せる時に推」したいと思うのです。

 

たとえ推しくんのこと推しと呼べないくらい嫌いになって別れることがくるとしても、その日までは、手を繋いでいる時、時々少し強めに握ると、同じように握り返してくれる推しくんのことを、推しとしても恋人としても、たくさん愛でていく予定です。